かまぼこ博士のかまぼこ百科
「かまぼこ博士のかまぼこ百科」は、舞鶴かまぼこ協同組合の辻義雄専務理事(舞鶴市民から「かまぼこ博士」と呼ばれています。)が執筆され、2011年から約4年間にわたり、舞鶴市民新聞に連載されたものです。かまぼこ、とりわけ舞鶴かまぼこへの愛に満ちた「かまぼこ博士のかまぼこ百科①~㊺」を順次掲載します。読めばあなたも「かまぼこ博士」。そして、舞鶴かまぼこがとても食べたくなってしまうでしょう。
なお、当コラムに掲載するにあたっては原文のままとし、日時や役職、社名等も当時のままとしています。また、今では存在しないメーカー、商品もありますのがご了承ください。
海外かまぼこ事情 韓国編①
平成19年6月4日 関西空港から韓国ソウルにむけて飛び立った。
今回私が会社の有給休暇をとってまで、韓国へ飛ばなくてはならなくなったかについて、少しだけ触れておこう。
韓国の大手企業であるT社では現在の自社の練り製品の付加価値をたかめたいという思いがあり、品質向上と生産技術などにアドバイスしてくれる人間を探していたらしい。日本でその技術者を探していた韓国企業の最高責任者がB常務であり、実は彼が以前、別の会社に勤務していたころ、丸大食品の研究所長であったS氏と親交があったため、丸大食品に技術者派遣の相談にこられたらしい。
しかし、丸大食品は現在、その韓国企業とは取引関係にないため、社内から人を派遣することはできず、S氏にとって、最初にひらめいた人間が、たまたま、かつての中央研究所時代の後輩でもあり、現在もかまぼこ組合という練り業界に在籍している私という人間であったというだけのことである。
ダイレクトに携帯電話にてこの話を受けた時には、「わたしで指導できるようなことなのだろうか?どういった点が技術的に問題になっているのか?」と尋ねたが、はっきりせず
「とにかく一度来て、見てほしい」というレベルの話であった。雲をつかむような話だったし、最初はお断りしたが、また再度連絡がはいり、「具体的に問題を提起するので、その点を解決するために来てもらえないか」との話になってきた。
とにかく、語学も達者でないし、食品加工技術といっても、もう技術者としての最前線から離れて10年以上も経過している以上、私一人では不可能であると再度断った。
これでもう話は流れたと思っていたら、今度は「食品コンサルの中塚氏とだったら一緒に行ってくれるか?」ということだったので、そこまで必要とされているのならということで、とうとう「中塚氏が同行してくれて、韓国企業との交渉窓口になってくれるなら行ってもいい」と返事をしてしまったのだった。
以後、中塚氏が私のメールを英語に翻訳して韓国企業に送ってくれたり、私のかわりにB常務とも東京で直接に会っていただいて、今回の韓国企業のニーズの把握や、韓国へ行くための段取りをすべてしていただいたのである。ここまで彼にお世話になって、行かないというのも悪いし、もう後へはひけなくなったのであった。
出発一月前になってはじめて、事前質問の用紙がメールで送られてきた。思った以上に難問も多く、それから数週間は仕事から帰ると家でもレポート作成や資料集めにかなり時間を割いた。