【日本海のさかなの話 最新の魚類学研究から】その③
アジ
いよいよ新しい年を迎える時期となりました。時間がたつのは早いもので、あっという間に一年が過ぎていきますね・・・。さて、一年を通じて舞鶴で水揚げされている魚として、マアジやマルアジ(青あじ)が挙げられます。また、冬は同じアジの仲間であるブリが旬を迎える時期でもあります。今回は、アジの仲間を中心とした話題を取り上げたいと思います。
アジの仲間(分類学上の単位で言うアジ科)は世界中に140種ほど知られています。日本には約60種、日本海の記録を見てみますと、今までに30種ほどが報告されています。アジ科の魚は、世界中の温帯〜熱帯に広く分布しています。日本海は寒いイメージもありますが、意外に多くのアジの種類が見ることが出来ます。
マアジやマルアジには、いわゆる「ぜんご」あるいは「ぜいご」と呼ばれるトゲのある鱗が体の後半に一列に並んでいます。専門的には、これを「稜鱗(りょうりん)」と言います。これがアジの仲間の特徴と思われがちですが、同じアジ科に含まれるブリやヒラマサなどこの稜鱗を持たない種も含まれます。アジの仲間は、体型もいろいろなものがおり、ムロアジのようにほぼ円筒形の体をしたものから(図1)、カイワリ(図2)やイトヒキアジのように体が高く、平べったい形をしたものまで様々です。生態を見てみると、海の表層を高速で泳ぐものから、磯や珊瑚礁周りに生息するものまで多様性に富みます。アジ類の様々な体型は、生態の多様性を反映しているのでしょう。
図1
図2
秋から冬にかけては、南方系のアジの仲間が舞鶴の市場でもよくみかけられます。今シーズンよく見かけたのは、ナンヨウカイワリと呼ばれる種(図3)で、体が高くいわゆる「ひらあじ」と呼ばれる形をしています。体の側面に黄色い斑点がいくつかありますので、すぐにこの種を見分けることができます。その名前が示すとおり、もともとは琉球列島や黒潮流域に多く見られる種ですが、なぜか今シーズンは舞鶴でも多く見かけました。
図3
さて、私たちに身近なマアジやヒラマサには、面白い分布の話があります。マアジは日本近海の温帯域に分布していますが、マアジそっくりのニュージランドマアジという種が赤道を挟んだ南半球の温帯域に分布しています。この二首、同種と考える研究者もいるくらい見た目がそっくりですが、分布は赤道で南北に分かれています。同じ現象がヒラマサにも知られています。ヒラマサもやはり日本近海の温帯域に分布していますが、赤道を挟んで南半球にはキングフィッシュと呼ばれる種が分布しており、この二種は互いによく似ているために、同種と考える研究者も多くいます。このように、きわめてよく似た種が赤道を挟んで分布するということを「反赤道分布(はんせきどうぶんぷ)」と呼びます。このような分布パターンは、共通の歴史を反映しているのではないかと考えられています。つまり、かつて氷河期などの地球が寒冷化した時期に、温帯性の魚(マアジやヒラマサ)は赤道を越えることができたのですが、今では赤道付近は熱帯域となってしまったために赤道を越えることができず、北半球と南半球に分かれて分布するようになってしまったのです。地球の歴史をからめて考えると、こういった分布パターンは興味深いものがあります。
ところで、話題は少し変わりますが、ヒラメやカレイ類は、眼が体の片方側に並んでいるというかなり特殊な形態をしています。ヒラメ・カレイ類は、どういった仲間から進化してきたのか、また、ヒラメ・カレイ類に一番近縁な仲間は何なのか、長い間注目されて研究されてきました。ところが、あまりにその形態が特殊化しているため、どのグループに近縁なのかということさえ全く分かっていませんでした。
この状況に、近年、遺伝子からのメスが入れられました。東京大学を中心とするグループが、いろいろな種類の魚の遺伝子を網羅的に調べ、魚類がどのように進化してきたかについての研究を進めてきました。もちろんその中にはヒラメ・カレイ類も含まれており、その結果は全世界の魚類研究者の注目の的となりました。ヒラメ・カレイ類に一番近縁だったのは、驚くべき事にアジの仲間だったのです。見た目にはアジ類とヒラメ・カレイ類は全く異なるために、この遺伝子からの説には懐疑的な意見も多かったようです。しかし、私のお隣の研究室にいる益田准教授は、この説はもっともだと思ったそうです。というのも、アジの仲間は、何かに「寄り添う」という面白い性質を持ちます。例えば、マアジでいうと、幼魚期に流れ藻やクラゲなどに寄り添って泳ぎます。ブリの幼魚「もじゃこ」も流れ藻に付く習性があり、ブリ養殖のための「もじゃこ漁」は、この習性を利用したものです。カイワリ(図2)についても、大きな魚に寄り添うようにして泳ぐことが知られています。もしかすると、このように何かに「寄り添う」というアジ類の特徴が、いつしか海底に「寄り添う」ようになって、ヒラメ・カレイ類のような魚が進化したとも考えられるのかもしれません。泳ぎの達者なアジの仲間と、あまり泳ぎ回らないヒラメ・カレイ類が近縁というのは、おもしろいところです。
遺伝子を調べる技術はここ20年ほどで急速に発展し、今では当実験所でもその分析技術を取り入れた研究をしています。今まではっきり分からなかったことが遺伝子を用いることで明らかにできたことが多々あり、私たちもそのパワーに期待して研究を進めています。またの機会にその成果をここで紹介していきたいと考えています。
【H23.1.1付け掲載】